春と、決別 / 関口修
にこやかに挨拶を交わす両親に並んで笑顔を振りまく。堅苦しさのない雰囲気が俺を追い詰めた。
「ちょっとお手洗い行ってくるわ」
隣にいる母さんに告げ、席を立つ。出された桜茶は兄貴に話を振られて照れる瑞月さんにお似合いで、澄んでいた。
気まずさを感じてなかなか席に戻れず、庭に出てぼんやりと料亭自慢のツツジを眺めていた。
「小学生のとき、マンションの下に咲いてるツツジを一緒に吸ったの覚えてるか」
いつの間にか兄貴は俺の後ろに立っていた。
「そんなことあったかな」
軽く放った声は震えて、すぐに消えた。兄貴が捨てたツツジの花を思い出す。兄貴の幼い唇と。
「お前にも早く春が来るといいな」
兄貴は俺の肩を掴んでしゃがんだ。
「瑞月さん、可愛いね」
「卓巳、頑なに会ってくれなかったもんな。うちにはよく連れてきたけど、あいつ卓巳にだけ会ったことないからって、今日も来てくれるか、どんな人か、ってずっと不安がってたよ」
「都合が合わなかっただけだよ」
二日前から珍しく兄貴が実家に居たのは、このためだったらしい。今朝突然言われ、逃げ道もないまま、顔合わせに連れていかれた。
「俺としても、自慢の弟に会わせたくてさ」
兄貴は、また、俺にとって残酷な言葉を軽々しく言う。
「自慢って」
続けられる言葉はなかった。兄貴は立ち上がって俺の頭を掻きまわすように撫でると、落ち着いたら戻ってこいよ、と残して去って行った。
「昔からお兄ちゃんっこだったからねぇ」
戻った俺を一瞥して、両家は朗らかに話を続けていた。俺の席にはまだ口を付けていない桜茶が残っていて、透明な花が浮かんでいる。
「孫が楽しみだわ」
「母さん、気が早いって」
そう言いながら満更でもなさそうな二人の笑顔を見る。
「卓巳くんみたいな、可愛い男の子がいいな」
「俺も、男の子だったら卓巳みたいな、優しい子に育てよう」
一気に話題の中心にあげられて、居心地が悪くなる。
「あら、お兄ちゃんにそう言われるなんて嬉しいわね、卓巳」
口ごもって、ん、とだけ発する。
「まだ泣くのには早ぇぞ」
「泣いてねぇし」
「あら、ちょっと目元赤いけど」
「卓巳はお兄ちゃんっこだからね」
俺は、冷めた桜茶を口に入れた。花弁が舌にはりついて、春の匂いが鼻に抜ける。
「俺、兄貴のこと、好きだから」
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