わたしだけの星/白石桃香
連日バイトに勤しんでいるのは彼に会うときのためと言っても過言ではない。会うだけでもチケット代にファンクラブ代と遠い会場なら交通費なんかでもお金はかかるし、アルバムやシングルだってどの形態もほしい。わたしの中でいちばん可愛い状態で会いたいから、公演毎に可愛いお洋服を用意して美容院で髪も綺麗に巻いてもらったりリボンで飾ってもらったりして、お金なんていくらあっても足りない。生きる理由なんて彼しかないから生活費すら削り倒した。
自分のできる限りでの応援しかできないから歯痒いけれど、少しでもたくさん会えるように気づいてもらえるように可愛いって思ってもらえるようにって初日はチェックのワンピースを着るとか髪型はハーフツインにするとか、そんなことばっかり考えているときがいちばん楽しい。たかがライブ、されどわたしにとってはデートだ。世界でいちばん好きな人に会える日。
でも、やっぱり寂しいと思う瞬間の方が多い。わたしの好きな人である彼は、夢を見せることを生業とするアイドルであり虚像なのだ。本当の彼なんてわたしには知り得ない。ライブがないと会えないし当たらなくても会えないし、会えても顔を合わせるわけじゃなくてわたしはほかの女の子達に紛れて歌い踊る彼を眺めるだけ。
だけど舞台上の彼はいつだって揺らめくペンライトの海できらきら輝いて、可愛い笑顔で微笑んでいるから。そこにいる彼は「本当」だから。その笑顔だけで幸せで、わたしの心は風船みたいに膨らんで苦しくなる。
だから彼が客席に向けてファンサービスを全くしなくてもいいんだって、それすらも彼の優しさなんだって思っていた。
あの瞬間が訪れたのは、海を越えて海外までついていったとき。ステージ上手側二列目、今までで二番目にいい席だった。もしかしたら近くに来てくれるかもと期待に胸を躍らせる。
彩った指先の中に買ったペンライトを青く光らせて、登場した彼の横顔を見つめていると、背中に青い星がプリントされた衣装を纏った彼が歌いながら近づいてきた。
自分のパートを歌い終えて辺りを見渡す。視線がかち合う。にこりと微笑まれたので、歯並びまで綺麗だと思った。白魚のような手をひらひらと振る。彼だけに星のエフェクトがかかっているみたいだった。何食わぬ顔でサビに入ると同時に歌い出す。わたしは何もできずにペンライトを掲げたまま固まっていた。声も出なかった。ただ膝が震えているのがわかった。それしかわからなかった。
幸せな時間は短いもので、驚いているうちにライブはあれよあれよと終わってしまった。見間違いかもしれないけれどその後も彼はなんだかいつもより楽しげで、ハードなダンスも凛々しい表情でこなしていて勝手に惚れ直した。単純だけど、彼がわたしを認識して、目を細めて口角をきゅっとあげて、手を振るために意識的に筋肉を動かした、その事実だけがすべてだった。
日本に帰ってきてもふわふわと地に足がつかないまま過ごしていた。気持ちが上向いて、苦しい現実社会もだいぶ息がしやすくなった気がする。バイトや入金に追われながら日々をこなしていると、二ヶ月後にライブが決まった。また彼にかまってもらえるように、名義を増やしてたくさんの公演に申し込む。虚像に翻弄されるまま、わたしはどんどん欲張りになった。すべてはきらきら光る彼のため、いくら苦しくたって止まれないし、止まりたくなんかない。首をもたげた独占欲がわたしの中でとぐろを巻いた。
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