理不尽世界 / くりま


「桜の木は死んじゃったよ」
 張り付いた笑顔を絶やさない彼女の視線の先で、黒く枯れた桜の木が並んでいる。
 同じ遺伝子を共有した花たちはたった一種のウイルスで全滅してしまった。
 春風はあざ笑うように白いカーテンを不規則に揺らす。技術がいくら進歩しても生命は脆くて弱い。泣きたくなるくらいに。
「もし、君が私のクローンだったら、一緒に死ねたのかなあ」
「きっと。そしたら、おそろいだったのにね」
「あーでも、私が君のクローンはヤダなあ。そんな極太まゆ毛になりたくないし」
「ウケる」
 一緒に笑い転げるはずだった桃色背景の芝生。今までこんなに科学を恨んだことはなかった。きれいな黒髪をすべて失った彼女に、最後の贈り物をしたかっただけなのに。
 廃れた春のにおいだけが風に乗って白い部屋に満ちている。
「なんか、全部どうでもいいと思えるんだ。今は」
「うん」
「今から世界が壊れたって、笑える自信があるよ。心から」
「うん」
「逆に良かったよ。これ以上思い出ができたらきっと、きっと、痛いもん。ね」
「……」
 曇った瞳に、明日への希望をどう届けたらいいのだろう。
 自分中心に世界を回すと、周りの人間はコーヒーカップのように目を回してしまう。
 きっと僕の美学では彼女の思いを救えない。ああ、本当に僕が君になれたなら。
「あ。雨が降りそう。見てよあの雲」
「まじかよ。いやだな、雨は」
「ね。そうだ。てるてる坊主作ったげる。雨嫌いの君のためのお守り。そこのティッシュとって」
「……このハンカチでもいい?」
「うん、この柄だとすごくファンシーになるけど、いいよ」
 思い出なんて。いらないと思ったって消えない。僕はこれから先も枯れた桜を見るたびに苦しくなるし、春のにおいがするたびに息が詰まるだろう。そして、このてるてる坊主を見るたびに、君に初めて会った雨の日を思い出すんだ。死にたくなるくらい。
「はい。できたよ」
「ありがとう」
「君はこうならないでね。こうするくらいなら、私に会えない寂しさを噛みしめながら夜な夜な泣いてね。私それ見て笑ってやるから」
「は。趣味悪すぎ」
 目の前にある理不尽を壊すのが人生なら、やさしさも痛みも、きっと存在しないんだ。 
 雨に打たれるアスファルトを蹴りながら、吐きそうな痛みで頬が濡れた。

めらたん

日本大学芸術学部、未公認サークルの「めらたん」です。エモーショナルな短文を書いています。

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