不完全なX / 佐野優一


 緩い傾斜の坂を、十代後半に見える男女が並んで下っていた。車がすれ違うのは難しいだろう幅の道は、低くなる太陽の暖色が強くなった光に染まっている。
「だからさ、女の子は好きな人に対しても喜怒哀楽あるじゃん、でも男って好きな人に対しては喜しかない感じじゃん? こういうところからも男は単純だなと思うわけよ」
 彼女はそう言うと、得意げに人差し指を立てた。
「だから女は感情的なんだな」
 そのとなりを歩く彼は、自転車を引きながら表情を変えずに答える。
「は? いやいまそういう話してなくない?」
「感情的だから話がよく飛ぶんだ」
「なにケンカ売ってる?」
 彼女は声を荒げて、眉を左右非対称にゆがませる。
 彼はそれを見て、ふっと笑った。少しだけ青みが差したような笑顔だった。そしてその口を開く。
「いや、売ってないし、男が単純っていう話じゃなかったよ、そもそも」
「じゃあなんだよ。……なんだっけ」
「このあいだ僕をフった理由はなにか。ほかに好きな人がいるのか、って」
 勢いよく擦ったマッチに灯った火を一瞬で振り消すように、彼の言葉は失速した。
 彼の使い込んだ自転車が出す、規則的で金属的な小さな悲鳴が沈黙を引っ掻く。そして薄皮を一枚はがすように、彼が息を吸う。
「どうなの?」
 彼がひとつ音を打ち、一拍。彼女は落としていた視線を上げる。彼を見ることはせず前を見据えて、その方向に投げるように言う。
「教えねーよ」
「昔はなんでも教えてくれたのに」
 彼は歌の最後の歌詞を読むかのように言った。
「そのうちな」
 彼女がワレモノを扱うように言葉を返す。しかし彼は、
「いや、質問はこれで最後」
それを受け取らなかった。
「え?」
「もう聞かないよ、ほんとはどんな理由だって聞くのはつらいから」
 いつも別れるY字路で、彼は自転車に跨った。右へハンドルを向け、ペダルに足を掛ける。彼女に向けた笑顔は夕陽のせいで影が濃く、そこにしまい損ねた感情がまぎれているようだった。彼は軽く手を上げて、
「じゃあね」
 彼を乗せた自転車が滑り出す。
 彼女は一歩だけ彼を追ったが、それに留まった。振り返らずに小さくなる彼の背中を見送る。そして少し表情を変えた。
「ダメなんだよ」
 彼女は呟く。
「女として見られるの」

めらたん

日本大学芸術学部、未公認サークルの「めらたん」です。エモーショナルな短文を書いています。

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